
「教える」ことを辞めました。これまで誰かの都合優先でなされてきた「指導」が、本来は面白いはずの「学び」から、学ぼうという姿勢を失わせ、子どもたちを逃避させてきたという側面があるような気がいたします。解法の手順を押し付けたり、手っ取り早く模範解答を暗記させたりすることは、教育の放棄ではないのか。今まで自分自身が行なってきたそうした行動に対し、自問自答した結果、私は「教えない」ことを選びました。教えれば確かに目先の数字をあげることはできます。しかし自分の力で獲得したものとはその質が異なると考えています。なによりも達成した後の彼らの笑顔が違いました。もし周囲が待てずに解決を急かせば、やがていやになり放棄することもあります。しかしどのような子どもであっても、彼らは自分で解決する力を持っています。そのチャンスを奪ってはならないと考えました。自分自身で考え抜いて、悩んだ挙句に達成したときの彼らの笑顔はステキです。
