あしたのために4

具体的な設計図の基に始めたのではなく、見切り発車のようにスタートした活動を、2015年には全面的に見直しました。子どもたちのためといいながら、それでも保護者の顔色をうかがう側面や、おとなの要求に応える部分があったのを辞めました。社会や世間の「常識」に捉われることなく判断する。それはおとなの目には「困った」子どもとして映っている彼らの問題行動を、「解決すること」を辞めるということです。問題行動のほとんどが、実は子どもたちのSOSでした。「困った」子どもとは、実は子ども自身が「困っている」子どもであり、自分でもどうしたらよいかわからず、傷ついたり、悩んだりしている子どもであることがほとんどでした。「問題」にしてしまっていたのはむしろ周囲の環境の方ではないのか、そう思った時、「問題」をなかったものにするのではなく、おとなの目に「問題」とうつっているその根っこに、何があるのかを見ることが先決だと考えました。最初にすべきことは、ただ目に見える問題をやみくもに解決してしまうことではなく、まず子どもの傷を癒やすことだと思いました。社会の都合やその場のおとなの満足のために解決を急ぐのではなく、ただそばで一緒に泣き、一緒に考える事から始めることにしました。

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